宇都宮地方裁判所 昭和40年(わ)59号・昭40年(わ)66号・昭40年(わ)37号 判決
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〔判決理由〕第一、被告人高橋芳一について
一 本件公訴事実とこれに対する被告人高橋の事実上主張
本件公訴事実は「被告人高橋は建設省川俣ダム工事事務所に勤務する建設事務官で、全建設省労働組合関東地方本部川俣支部組合員であるが、昭和四〇年二月一〇日午後〇時一〇分ころより、栃木県塩谷郡藤原町大字川治二二番地所在の建設省川俣ダム工事事務所川治連絡所の構内車庫において、右組合員約五七名が庁内取締責任者である同事務所長今関三郎の使用許可を受けないで職場大会を開催したため、同日午後〇時三五分ころ、同所長の補助者である同所庶務課長山本吉美において、右車庫使用の中止および同所からの退去を命ずる文書を右車庫内に掲示するに際し、同所長の命を受け、その補助者として、右文書の掲示状況およびこれを阻止するものがある場合には状況ならびに車庫使用の状況等を写真撮影する職務に従事中の同所工務課長尾崎充男(当時三五年)が、右山本課長に対する組合員の妨害状況等を写真撮影しようとしたところ、右尾崎に対し両手または肘をもつてその胸部等を数回突く暴行を加え、以つて同人の公務の執行を妨害したものである。」というものであつて、被告人高橋は右暴行を加えた事実はない旨主張する。
二 本件発生に至る経緯及び右争点以外に関する本件事実
司法警察員寵橋光弘作成の検証調書、司法警察員渡辺国之作成(昭和四〇年二月一八日付)実況見分調書、当裁判所の各検証調書(三通)、証人高井誠二、同八高浩司、同早内舟男、同山本吉美の各公判調書中の供述記載、被告人高橋の司法警察員に対する各供述調書(三通)、被告人高橋の検察官に対する各供調書(四通)等の各証拠を綜合すれば以下に記載する事実が明白である。
本件発生当日である昭和四〇年二月一〇日当時、被告人高橋は建設事務官として栃木県塩谷郡藤原町大字川治二二番地にあつた建設省関東地方建設局川俣ダム工事事務所の庶務課経理係を勤め、同事務所川治連絡所に勤務していたものであつて、全建設省労働組合関東地方本部川俣支部に所属する同組合の組合員でもあつたこと、右同日右支部では午後〇時一〇分ころより前記川治連絡所庁舎内において川俣ダムの工事完成によつて起ることが予想される職員の配転問題の対策等を討議するため、前記関東地方本部の役員を迎えてその所属組合員の職場大会を開催することとなつていたところ、右職場大会の開催については、当日午前中右庁舎の管理責任者である前記川俣ダム工事事務所長今関三郎は、昭和三七年建設省訓令第一六号「建設省庁舎における庁舎取締りに関する訓令」に基づく庁内取締責任者として、右訓令により同支部の前記庁舎使用が公務外の使用であるとして、同所長宛に使用許可申請書を提出してその許可を受けるよう要求したが、同支部では右訓令が違憲無効のものであること、右要求が従来口頭で所長の使用了解を求めるのみで庁舎の使用を容認されてきた同事務所の慣行に反することを理由としてこれを拒否し、前記使用許可申請書の提出をしないまま、同日午後〇時一〇分ころより同事務所構内の二つの車庫のうち、事務所棟傍の車庫内およびその正面前庭において被告人高橋を含む所属組合員約五〇名が参加して職場大会を開催したこと、そこで、今関所長は、右訓令に基づき、庁内取締責任者の使用許可を受けないで庁舎を使用する者に対する処置として、右車庫の使用中止を命ずることに決し、いずれも同訓令に基づき取締責任者の代理者またはその補助者に任命されている同事務所庶務課長山本吉美に対し右車庫の使用の中止および組合員らの同所からの退去を命ずる文書を右車庫内に掲示すること、同じく同事務所工務課長尾崎充男、機械課長八高浩司、工事課長早内舟男に対し、前記文書の掲示その阻止または妨害の各状況、ならびに前記組合員らの車庫使用状況などを写真に撮影すべきことを命じたこと、よつて、先ず右掲示すべき文書を携えた山本庶務課長と同事務所備付けの写真機を持つた早内工事課長を先頭に、高井副所長、八高機械課長が並んでこれに続き、さらに稍遅れて今関所長、写真機を携えた尾崎工務課長の順序で右連絡所玄関を出て、右玄関より約三〇メートルを隔てる前記車庫に向かつて庁舎前庭を歩いて行つたこと、前記車庫前において右集会に参加していた前記組合支部の支部長野沢重雄、同支部書記長滝友二ら一部の支部役員らは、これを見て、急ぎ車庫前より記前山本らの方に向かつて行き、右車庫端から八メートルの地点において車庫の方にやつて来る山本らに出会い、あるいは腕組みし、あるいは上衣のボケットに両手を入れるなどした姿勢で同人らの前に立ちふさがつたこと、そのため山本らは一瞬その進行を阻まれ、両者の対峙状態を呈したが、早内らにおいて「退きなさい」と言いつつ右組合役員らの間を通り抜けて右集会中の車庫内にはいり、山本は前記文書を右車庫の壁に貼布してこれを集会中の組合員らに掲示し、早内は車庫前よりその状況等の写真撮影を終了したこと、しかるにその間、山本、早内らの後方より歩いていて、前示の対峙状態を目撃した尾崎は、この状況を写真撮影しようとして同日午後〇時三五分ころ、右地点より六、七メートル後方の、またまた同事務所構内前庭に駐車していた貨物自動車の付近に立ち前記対峙状態を呈している方向に向かい写真機を両手で構えてそのファインダーをのぞいていたこと、前記野沢らが山本らの方向に歩きだすのと前後して被告人高橋もまた右車庫より離れて山本らの方向に向かつて進むうち、尾崎の右行動に気付き尾崎に向かつて正面から近寄つて行きつつ「なぜ写真をとるのか」との趣旨を詰問し、抗議したこと、高橋の姿が写真機のファインダーの中に現われたのを見た尾崎は、高橋の詰問には何ら応答しないで、なおも写真を撮影しようとし、高橋の姿をさけて、右または左に、一、二歩、移動しつつ、後退する動作をしたこと、(ただし右後退が被告人高橋に突かれてなした他動的なものであるか否かの点はしばらく別論とする)その際、尾崎が同人の一、二メートル後方の前記貨物自動車の左前部バックミラーの支柱または鏡部分のいずれかにその後頭部を打ちつけたこと、そのため同人はしばらく右後頭部に軽度の痛みを感じたが、瘤が出ることもなく、間もなく右痛みは去つたことをそれぞれ認めることができる。
三 前記争点に関する証拠とこれに対する当裁判所の判断
この点に関する検察官の主張にそう証拠として第一に第九回、第一五回および第一六回公判調書中の証人尾崎充男の各供述記載および第五一回公判における同証人の供述、第二に第一八回ないし第二二回公判調書中の証人今関三郎の各供述記載、第三に昭和四〇年二月一三日付司法警察員籠橋光弘作成の検証調書、同月一八日付司法警察員渡辺国之作成の実況見分調書ならびに当裁判所の第一回(昭和四〇年九月三〇日施行)検証調書中における右各立会人尾崎充男の指示説明の各記載がある。
以下に順次これを検討する。
1 先ずいずれも司法警察員作成の前記(昭和四〇年二月一三日付)検証調書および前記(同月一八日付)実況見分調書の各記載中には、いずれも同被告人の犯行状況についての立会人尾崎充男の指示説明として、同人は山本庶務課長らの前に組合員一〇名位が立ちふさがつてもみ合つているのを見てこれを撮影するためカメラを構えて立つたとしてその地点一カ所と、被告人高橋が尾崎のカメラの前に立ちふさがつたとしてその地点一カ所および尾崎が自己の頭部を打ちつけたと称するトラックのバックミラーの位置とを各指示したことのみが記載され、その前後における両者の動作やこれに伴う各人の位置の動き等については何らの記載がなく、この点に、第四回公判調書中の、右検証調書の作成者である証人籠橋光弘、右実況見分調書の作成者である証人渡辺国之の各供述記載を考え合わせると、右尾崎は本件発生直後の前記検証およびその後間もなく行なわれた前記実況見分の際には同被告人の犯行状況に関して右以外の指示をしなかつたものと認めるほかはない。しかるに、その後、当裁判所の前記第一回検証調書中、立会人尾崎充男の前記犯行状況に関する指示説明によれば、同人は右事件発生後すでに九カ月も経過した右検証時において、「私は山本、早内両課長が組合員と対峙している状況を写真にとろうとして、カメラを構えたところ高橋芳一がその前に来て立ちふさがつたので、私は何とか写真を写そうとして、ここで、二、三度体を左右に動かした。ところが、私は高橋に、『なんで写真をとるんだ』と怒鳴られた上、体を押され、よろけて、後にさがつたところ、なおも押されて、後退した。そのため、構えていたカメラをおろし、前に進みでたところ、またもや押されて、よろけて後退し、とまつていた貨物自動車のバックミラーで後頭部を打つた」旨説明したうえ、前記従前の検証及び実況見分の際の指示地点三カ所のほか、さらに被告人高橋に順次押されて後退又は進みでたと称する三地点なるものを追加して指示するに至つていることが明白である。
2 そしてあたかもこれと照応するように、第九回公判調書中の同証人の供述記載によれば、右尾崎は証人として検察官の主尋問に答えて「高橋がカメラの前に立ちふさがり、写真がとれないので、左右に体を移動させ、高橋の姿をさけて、写そうとしたが、高橋は写させまいとして、証人の体の動きにつれて前に立ちふさがつた。そして『なんで写真をとるんだ』と言いながら押された。その際、証人は後退したが、カメラは構えたままで、おろしていなかつた。するとまた高橋は押して来たので、後退したらバックミラーのところに頭をぶつつけた。その時もカメラは構えていたが、頭をぶつつけてからカメラをおろし、『暴行行為じやないか』と言いながら前にでた。その際、今関所長が高橋に『やめなさい』と言つた。証人が『暴力行為じやないか』と言つたのに対し高橋は、『なんで写真をとるんだ』とくり返して言いながらもう一度、尾崎の体を押しとばしてバックミラーに頭をぶつつけた。その際、高橋は右手と左手の肘という感じで押して来た。そして高橋は尾崎の前に立つて、にらみつけるような形で向かい合つたが、所長が帰ろうと自分に声をかけると、高橋も向きをかえて去つた。」旨供述している。
しかし、第一五回公判調書中の同証人の供述記載によれば、同人はこれに対する弁護人の反対尋問に答えて「高橋から押されたのは胸の上の方であつた。しかも両手をややせばめて、カメラを握つたまま、右目でファインダーをのぞき、左目は閉じていた。カメラは右目の真正面に持つていた。押された二回共右のような姿勢をとつていた。後退するときも、カメラをのぞきながら後退した。頭を打つたのはバックミラーでなくそれを支える棒のところである。」旨供述し、再度念を押されて、「それは棒のような感触でしたから」と答え、さらに質されて、「そのへんは、はつきりしない。」旨述べている。更に第一六回公判調書中の同証人の供述記載によれば被告人高橋と同証人との間に、左のような尋問・供述がなされている。
「問 一回目はどこで、どこを押されたんですか。
答 あなたのどこでという意味ですね。手で胸のへんを押されましたね。
問 両手ですか。
答 両手のような感じですね。
問 あなたは、カメラをかまえていたんでしよう。
答 かまえていました。
問 胸なんか、手がちぢまつているから押せないんじやないですか。
答 そんなことは、わかりませんが、感じですから。
問 二問目はどこで、どこを押されたんですか。
答 一回目と同じような感じでした。
問 三回目は。
答 三回目も同じような感じでした。
問 頭を打つたのは何回ですか。
答 私は二回です。
問 一番最初の検証では一回しか言つていませんね。
答 そうでしたか、ちよつと……」
これによれば、被告人高橋が尾崎に対し公訴事実摘示の両手または肘で尾崎の胸部等を突くというような暴行を加えたとすると、その際、尾崎はなお写真をとろうとして両手でカメラを構え、右の目でそのファインダーをのぞいたままの姿勢で右暴行を加えられるということとなるが、このような姿勢をとつている尾崎の胸の上の部分を肘または両手で突くことが果して可能であろうか、不可能とは言い得ないまでも、特にそのような部位をねらつて突こうとするときでもそれは容易なわざではないと言わざるを得ない。しかもそのようなことが一回ならず二回、三回と継続してできるとは経験則上とうてい考えられないところである。またもし高橋が尾崎の胸部かか腕かを突いたのが事実であるとすれば、尾崎は高橋に突かれた後もカメラを両手で持つてそのファインダーに右眼を接し左眼を閉じたまま後退する動作をしたということになる。しかし、このような姿勢でカメラを構えている者が他人にその胸かを突かれると、通常はカメラを持つ手をおろし、両眼を開いて撮影の姿勢を止め、相手の動作を一応注視しようとするのが、自然の動作と思われ、突かれてもなお左眼を閉じ、カメラのファインダーに右眼を接してこれをのぞいているという撮影の姿勢のままで後退するというのは、当の相手の姿を撮影しようとする場合の外は、いかにも不自然の感を免れない。ましてその突き方は尾崎が頭を背後の物件にぶつつける程強く突かれたのだというにいたつては一層その感を深くせざるを得ない。さらに同じような姿勢のままで、二回も繰返して同じトラックの同一部分に頭を打ちつけたという点についても疑問を持たざるを得ない。一定の方向に後退していて障害物に衝突すると、人は驚くと共に後方を振り向いて障害物が何であるかを確認したり、または、振り向かないとしても、同じ方向には後退しないで、後退の角度や方向を本能的にかえて二度目の衝突を避けるのが普通である。二度も続けて同じ方向に後退して同一物に衝突するということもまた疑問である。すなわち、尾崎の前記各供述は以上の点からいつてすでに経験則に照し作為的な不自然さがある。
それのみでなく尾崎証人の供述はこれを仔細に検討すればその供述内容の重要な部分において前後一貫しない点が認められる。たとえば尾崎が後頭部を打ち当てたという物体について同人は初め、それは前記トラックのバックミラーであると言い(前記当裁判所の検証調書および前記第九回公判調書中の同証人の供述記載)、後には、「今年のだいぶ前ころからあの辺に当たつた感触だつたと思い出した」としてその後「支柱の棒であつた」と変転し(前記第一五回公判調書中の同証人の供述記載)また頭を打ちつけた回数も、始めは前記司法警察員作成の実況見分調書および同検証調書の記載によれば、右検証および実況見分時には、これについてなんら述べるところがなかつたことは明らかである。これを要するに、右尾崎の供述には曖昧さならびに、作為的な不自然さの存在および一貫性の欠如が認められるなど疑問の点が極めて多い。そして以上のほか同人が当裁判所に証人として喚問せられてまだ尋問の続行中、検察庁に赴いて検察官調書の記載内容をメモに取つてきた事実のあること、{押収中の帳面の切れはし一枚(昭和四〇年押第六八号の一一一)同紙片二枚(同押号の一一二、同押号の一一三)}などをも考慮に入れると右尾崎証人の各供述はすべてこれを措信することができない。
3 次に前記各公判調書中の証人今関三郎の各供述記載の信憑性について検討するに、同証人は検察官の尋問に対してほぼ前記尾崎の供述と符合する大要次のような供述をなしている。(第一九回公判調書中の供述記載)
「当日自分は午後〇時三五分ころ庁舎玄関から出て、左方の車庫方向の状況を見ていると、車庫の方向に進んで行く山本庶務課長と早内工事課長に向かつて組合員数名がバラバラ馳けてきて右両名と対峙した状況になつた。そこで自分のそばにいた尾崎に対し右の状況を写真にとるように命じた。尾崎がカメラを構えている際、その前に高橋が出てきた。高橋は手をあげで尾崎をドンとついた。証人は高橋を制止したが高橋は二回位尾崎を突いた。尾崎は段々後向きに後退して四メートル位後にあつたトラックのところまで後退した。その間証人は左方の車庫の方と右方の尾崎の方とを、いずれも見ていたが、見ない時もあつた。高橋が尾崎を突いたのは尾崎のカメラを構えている手とか胸の辺を突いたと思う。尾崎がトラックのバックミラーに当たる瞬間は見ていないがガチャンと音がした。尾崎は後頭部を押さえ、なぜ暴力を振うんだ、と言つていた。」
しかし、同人は、右供述に関し弁護人の反対尋問(第二二回公判調書中の供述記載)に答えて「尾崎と高橋との、細かい動きの一部始終は見ていない。高橋が掌を前方に向け肘から先を腕の前で左右に動かす動作をするのは見た。高橋は尾崎の写真撮影を妨害したということではなくて、なぜ写真をとるのかというような言葉を発言するのが主であつたように記憶する。高橋が尾崎の胸のあたりを突いたと前回証言したがどこを突いたのかは、わからない。」旨述べている。
これによれば同証人の証言は全体としてこれを見るとき本件犯行状況の目撃者の証言としてはそれ自体軽視できない曖昧さがあるのみならず、同人は当時、当局側の責任者として同日朝来、前記組合側の無許可の庁舎使用を禁圧し、かつそれに伴なう対策や処置を遺漏なく講じることに腐心しなければならない立場に置かれていた関係上当時同人がその最大の関心を集中していたのは前記車庫における職場集会の状況とその規制に向かう前記山本庶務課長らの動静であつて、したがつて同人の視線は主として右車庫の方向に向けられており、車庫とは反対方向の前記場所で派生した尾崎と被告人高橋とのいざこざには十分の注意を払う余裕のなかつたことは同証人の前記供述等からもこれを窺うに足ること、前記のような尾崎の供述・指示によつても前記バックミラーは車庫に向かつて立つたときの今関の位置からはその後方に当たり、また、右バックミラーに後頭部を打ち当てる直前における尾崎および被告人高橋の行動のうち少くともその一部は今関の後方において行なわれたものであること、今関は、前記(昭和四〇年二月一三日付)検証調書によれば、右検証に際し、これに立会いながら、前示のような犯行状況の目撃者としての指示説明を全くしていないこと等に徴し、同証人の前記供述もまた信憑性に乏しいものであると言わざるを得ない。
4 被告人高橋が尾崎の写真撮影を阻止しようとする意図を有していたのであれば、同被告人はただカメラを構えた撮影者の前面に立ちふさがればその目的を達するに十分であつて、敢て撮影者に対し暴行まで加える必要はないこと、前記第九回および第一五回公判調書中の証人尾崎の各供述記載および前記今関の供述記載により認められるように、「尾崎の傍に立つていた今関が)『やめなさい』と発言した直後。被告人は、ただちに、身をひるがえして、そこから立ち去つている」事実および「その直後尾崎は前記のトラック付近において車庫内の組合集会の状況を何らの妨害も受けることなく写真撮影している」事実によつても被告人高橋には右暴行の意図まではなかつたことが窺われ、これに第二回および第一三回公判調書中の同被告人の各供述記載ならびに当公法廷における同被告人の供述、同被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書の記載を考え合わせると、同被告人は両手または肘で尾崎の胸部などの体を突くなどの暴行を加えた事実はないものと認めるのが相当である。
四 結論
しからば被告人高橋に対する本件公訴事実は結局その証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条を適用し、被告人高橋に対し無罪の言渡をすべきものである。(須藤貢 藤本孝夫 折田泰弘)